私の中の「信仰」についてのあれこれ

いつもありがとうございます。
森田明子です。

「信仰」ということについて
最近気づくことが多いです。

私の場合、
神社を守る家系に生まれ、
今も同じようにしているわけなのですが、

そんなわけで、
非常に「信仰」と近いところにおり、
課題になることも多かったんですよね。

神社 手水

使命感ゆえの(完全に血族問題でもありますが)
自分を犠牲にしてでも神社につくさなければ、という
固定観念からの脱却であったり

「信仰」と「歴史」の板挟みみたいな時も
ありましたね。

神社 手水

神社と言うのは
日本の歴史と密接に紐づいているのだけれど
「神話」という目に見えない世界のことでもある。

だから、由緒の細かいところの追及とか
ここは歴史と微妙に合っていないとか
この神様は途中で名前が変わっているとか
戦争が関係しているとか

それは「信仰」とは別なんです。
神様を心に思うことや
信仰を持つことと、

ここは間違っていて歴史的な正解は何なんだ
ということは
別次元のことなんです。

歴史で何があったかは関係なく、
あなたは「信仰を持っているのか」
だけなんです。

なので、その線引きがとても大切で、
私は歴史学者ではない、
というスタンスを持つことが最近できてきたなぁ
と感じています。

神社 手水

過去、私はそこを混同していて
追及されると、とても苦しい時期があったので、
自分の中で整理できてよかったです。

(そのおかげで勉強もできたので
winwinですけどね)

「信仰」について感じることは
他にも色々あるけど、
今頭に浮かんだのはこのことかな。

高天彦神社 奈良

全てのことは「信仰の軸」がしっかりあれば
解決してしまうことなんだけど
(心の中のことなんで)

「神道」が戦争や政治に翻弄されてきた歴史を
持ち続けている日本人のカルマ・罪悪感みたいなものが
神主や神社に関わる人の在り方をかなり左右していて

「神様」や「信仰」に各々が
どう向かいあっていくのかも、
多種多様になっているのかも・・・と

「多様性の時代」と言われることも
交えて、そう感じています。

高天彦神社 奈良

ちなみにですね、
私の場合は「神道」だけではなくて
様々な宗教観や概念から教えてもらうことによって
逆に「神道」に帰ってきている部分も多々あり、

もはや、どの宗教であっても
心を向ける「その先」は同じなんだなぁというところに
行き着こうとしている今日この頃。

なので、「神道」からの理解が難しい部分は
他でも補足できると思っています。

ちょっと難しいお話だったかな?

何かご参考になれば幸いです。

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