日本人にとって鳥居とは

 

鳥居というもの。

最近は英語でも、
「Torii」で通じるみたいです。

もしくは「Torii gate」。

 

神社 鳥居

 

外国人に、「これはGate(門)ですよ」と
昔は説明していたけれど、
「厳密には、門じゃないよね」ってことになってきてるらしい。

 

門ではない。
門って開け閉めできるもん。

教会でもお寺でも、「門」がありますよね。
もちろん、物理的に開け閉めして内と外を分かつわけです。

 

でも鳥居ってそうじゃないよね?
開け閉めして分けているわけではない。

(昨今は防犯上の理由で門のある神社もありますが)

 

くぐらなくても鳥居の脇から入れたりもするし、
あなたは入らないで、とか、この時間は入らないで、
とか物理的に管理されているわけではない。

 

天岩戸神社 香久山

 

門があったら、開門閉門の時間があったり、
関係者だから入れるとか、
拝観料を払ったから入れるとか、
物理的な門は、区別ができる。

 

鳥居は建ってるだけ。
山の中の木々に紛れて建っていたり
海の浅瀬にポツンと建っていたり。

街中だと玉垣で敷地は囲われているけど、
やっぱり鳥居は口を開けている。

 

でも「ここからは神聖な場所である」と認識するのは
日本人の脳裏にインプットされているから。

 

だから、気持ちの中にある境界なんですね。
これってすごいなぁと、改めて思いました。